山さき 孝司(第20期修了者)

今回の取材にご協力いただいたのは当センターの育成調教技術者養成研修の第20期修了者である山さき考司さんです。山さきさんは平成20年6月に山さきSTABLEを開業しました。そこで、馬の世界に飛び込んでどういうものを得たか、また、馬づくりにおいて心掛けていることなどについてお伺いしましたので紹介します。


山さき孝司さん

「幅のある馬をつくりたいですね・・・」
山さきさんの求めている馬とは何か伺ったところ、「幅のある馬?」、私は一瞬「ふくよかな馬に仕上げるのですか?」と聞き返しそうになりましたが、その後に言葉が続きました。山さきさんが目指す馬づくりとは、牧場から離れて違う人の元に扱われる時に、取り扱いが可能で調教を容易にこなすことができ、更にはどのような環境下においても動じることのない強い精神力も兼ね備えている馬だそうです。人にはそれぞれ多種多様の馬への接し方があるでしょうが、どのような接し方をされても馬が戸惑うことなく、その人の指示に応えられるように、多くの引き出しを持つ馬をつくりたいと付け加えてくれました。そういう馬をつくるためにも、日高育成総合施設軽種馬育成調教場の全てのコースを利用するように努め、馬がコースによって得意・不得意が出ないようにも心掛けていると語ってくれました。

現在、牧場には、山さきさんを含め4名のスタッフがおり、15頭を管理し、今後も人員と繋養馬の拡大を目指しています。

 牧場の主体業務内容は、1歳馬のブレーキングからトレセンに送り出すまでの育成・調教および休養馬の管理・調教がメインで、依頼者から依頼があれば、種牡馬の繋養および種付け業務や繁殖牝馬の繋養管理、コンサイナー業務といった幅広い業務を展開しており、牧場として可能な限り馬関係の業務は何でも実施できるスタイルをとっています。どのようなニーズにも応えられる牧場、それこそ山さきさんが目指す馬づくりと同様に「幅のある牧場」とも言えるのでしょう。

山さきさんは大阪で生まれ育ち、高校時代の担任の先生に紹介され、北海道浦河町にある杵臼牧場へアルバイトに来たことが、馬の道に踏み行ったスタートです。北海道に憧れていた山さきさんは馬の魅力と地域の人達の優しさに魅了され、高校卒業後の進学先は、北海道の大学と決めました。大学進学後も杵臼牧場へのアルバイトは続け、その当時出会った馬が、あの「テイエムオペラオー」でした。山さきさんはテイエムオペラオーの当歳時から1歳までの間に携わり、牧場スタッフとして将来の活躍に大きな期待を寄せていました。その期待に応えるようにオペラオーは3戦目で初勝利を上げると4連勝で皐月賞を制覇。翌年以降は天皇賞(春・秋)、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念と古馬のG1レースを勝ちまくっていった。その頃から、山さきさんは「オペラオーみたいな強い馬に乗りたい」という気持ちが芽生え、BTC研修への入講を決意しました。

色々な経験を経て人も馬も育ちます

BTC研修の入講が決まり、高校時代から慣れ親しんだ浦河の地に、今度はアルバイトではなく、育成調教技術者になるための研修生として訪れることとなりました。馬の扱いには慣れてはいたものの、騎乗については初心者同様であったため、「研修初期の頃は苦悩の毎日でした」と、当時の思い出を語ってくれました。特に鮮明に覚えている出来事は、教育用馬のリベンジトリックという馬に暴走されかけた時、教官二人がかりで暴走できないようにブロックされ、S教官に「体重を使ってバランスバックしろ!」と併走しながら大声で厳しく連呼されたことだそうです。

 現在、育成調教のプロとして活躍している山さきさんにとって、この時の基礎・基本が土台であり、最近でもその重要性を身にしみて感じることがあるようです。

 BTCの研修では「人馬の安全第一」をモットーに教えているが、この業界で仕事をする以上、大なり小なり怪我は付き物で、山さきさんも例外ではありません。

 開業初年度に育成調教したトゥナンテ産駒のログ号から調教中に落馬し、足を骨折したことがあるそうです。その馬は山さきさんに骨折だけではなく、開業初勝利もくれた思い出深い馬のようです。初勝利後は京成杯(G3)にも出走し、開業初の重賞レース出走もかなえてくれ、楽しませてくれた馬だそうです。

 ログ号の調教で心掛けていたことだが、競馬で勝つことはもちろん大切なことですが、できる限り早い時期のレースから出走させることで、そのことが勝つ確率を増やし、馬にもより多くの経験を積ませることにも繋がると考えています。早い時期のレースに使えるように仕上げていくためには、如何に怪我をさせずに調教を課すかが勝負であり、最近その方法をほぼ確立しつつあるようです。その甲斐あってか、2010年は6月に全ての馬を牧場から送り出すことができ、山さきさんを始め関係者も大変満足していました。しかし、これは牧場にとって収入が全くなくなってしまうことにも繋がり、一時期は牧場へアルバイトに行きお世話になるという経験もしました。まさしく嬉しい悲鳴といったところでしょう。

山さきSTABLEには、もう一人BTC研修の修了生がいます。それは第24期修了生の千坂俊紀さんです。千坂さんは開業時から山さきさんと共に牧場で働き、二人三脚でこれまで頑張ってきました。千坂さんから見た山さきさんとは、良き社長であり、良き先輩でもあり、牧場で様々な業務も経験させてもらえ、自身を磨ける最高の牧場と話してくれました。そんな千坂さんを山さきさんは、「彼も幅のある人間ですね」という。山さきさんの求める牧場スタッフとは、千坂さんのような臨機応変さに優れ、何事にも対応可能な人材だといいます。馬に乗れるだけではなく、挨拶返事といったごく当たり前のことができ、更には相手への配慮ができる人、馬業界のみならずどのような仕事であっても、求められる人材は一緒のようです。


BTC研修を修了した千坂さん(24期)

人とのつながりについて

 最後に、山さきさんから、「人のつながりの大切さ」について話を聞くことができました。BTC研修時代の同期生5名程が、現在中央競馬の厩務員になっており、最近も山さきさんが手掛けた馬が、同期生が所属するきゅう舎に入きゅうしました。自身が手掛けた馬を同期生が担当して最終調整することで、山さきさんは「幅のある馬になっているか?」を、同期生に確認することができると共に、現況の把握も容易にできるとのことでした。

 山さきさんは「馬はチームでつくるものだから、幅広いネットワークは大変重要なことだ。」と教えてくれました。そして、一人ではなく色々な人の助けがあって成り立つ仕事でもあると語ってくれました。現在も山さきさんをサポートしてくれる馬主さんが大勢おり、駆け出しの山さきさんに、「牧場が飛躍するための滑走路を俺が造ってやる」と、応援してくれる馬主さんまでいるようです。馬主さんのみならず、山さきさんのサポート役は5年前に結婚した奥さんも忘れてはなりません。奥さんも自身の仕事を持っていますが、休日には馬主さんへ預託馬の近況ビデオレターの撮影などを手伝ってくれています。 そのような奥さんに山さきさんは、いつも感謝しているようです。

 「今は仕事が楽しくて仕方ないですよ。楽しくないとやってられませんけどね。」と言う山さきさんは、現在も更なる牧場の発展という目的の為に邁進しています。そのような山さきさんの活躍に今後も大いに期待したいと思います。

(平成22年10月取材S.K.)


若い社長は率先して働きます